2010年NPT再検討会議に向けて—「核廃絶をめざすヒロシマの会」HANWAからの提言—
2010年NPT再検討会議に向けて
—「核廃絶をめざすヒロシマの会」HANWAからの提言 —
平和構築と核廃絶を願って活動を続ける私たち広島市民にとって、最も根本的で重要な思想的出発点は、1945年8月6日、広島市に対する原爆攻撃で無数の人たちが殺傷されたという厳然たる事実です。その日の朝、原爆は推定7万人から8万人という数の市民を一瞬のうちに殺戮し、年末までに14万人にのぼる数の市民が原爆のために死亡しました。その後も、さらに数多くの人たちが放射能に健康を冒され続け、苦痛の末に亡くなっておられますし、いまもまだ苦しんでいる被爆者の人たちが多くおられます。広島の反核平和運動は、したがって、いかなる場合も、核兵器による市民の無差別大量虐殺はジェノサイドであり、それゆえ明らかに「人道に対する罪」である、という認識に深く根付いています。さらに、「核抑止政策」は、ニュールンベルグ原則によって規定されている「平和に対する罪」であると私たちは確信します。なぜなら、「核抑止力」の実態は、核兵器を使って無差別大量虐殺=「人道に対する罪」を犯す計画を立て、且つその準備をしているということであるからです。これらの根本原則の認識を失うことは、反核平和運動の原動力を失うことを意味します。
政治家、官僚、有識者の中には、この根本原則、すなわち人間のみならず多くの生物を無差別に殺傷し環境を徹底的に破壊することの重大な意味を忘れて、あるいは無視して、核抑止や核軍縮などの様々な核関連問題の議論を展開する人たちがおられることに、核兵器による最初の被害都市である広島の市民として、私たちはしばしば失望させられます。これらの人たちは、核問題を主として核保有国間の「力の均衡」や国際政治という政治構造の観点からのみ捉えるという傾向が強くあります。したがって、核問題に関わる全ての人たちに、いかなる時も原爆攻撃の極端な非人道性、残虐性を決して忘れることなく、いかなる議論にも「人間性」をその中心に置くことを忘れないように、私たちは強く要求します。
「一人殺せば悪党で、数百万人殺せば英雄。数が犯罪を神聖化する。」これは、チャーリー・チャップリンが、1947年の自作自演映画、『殺人狂時代』の中で、ギロチン台に上る直前の主人公に吐かせている台詞です。人類を絶滅させうる核兵器を保有し、核抑止力を唱えている国の政治家たちが英雄視されているという状況は、いまも基本的には変わっていません。しかも、この64年間、原爆がもたらす悲惨さを訴える様々な出版物や映画などが無数に出されてきたにもかかわらず、世界中で核兵器使用を犯罪と明確に認定する法律はいまだに一つとして存在しません。
アメリカのオバマ大統領が昨年4月のプラハ演説で、核廃絶に向けて、「原爆を使ったことのある国として、行動する道義的責任がある」ことを認めたことを私たちは歓迎します。しかし、アメリカには「道義的責任」のみならず、無差別大量虐殺を犯した「法的責任」が厳然としてあり、将来、再び核兵器を使用する者があるならば、誰であろうとその犯罪の「法的責任」を徹底的に追及されるべきであるという世界共通の認識と実定法の存在が必要不可欠です。核廃絶に向けての気運が世界各地で高まっている今こそ、核廃絶に向けての、抽象的な議論ではなく、「核兵器禁止条約」の設置を主要な柱とする具体的な諸提案を行い、それらを実現させていく必要があると私たちは考えます。
このような状況と認識の上に立って、私たちは以下のような要求と提案を行います。
(1)「モデル核兵器禁止条約」の実定法化の要求
1996年7月、国際司法裁判所が核兵器の威嚇または使用に関して、国際法の観点から勧告意見を出し、その結論において、「(全ての国が)厳重かつ効果的な国際管理の下における、あらゆる点での核軍縮に導かれる交渉を誠実に遂行し、かつ完結させる義務が存在する」ことを確認しました。これに触発された形で、1997年、コスタリカが初めて作成した「モデル核兵器禁止条約」(以下「モデル条約」と略)が国連総会で配布されました。前回、2005年のNPT再検討会議では、マレーシア、コスタリカなど6カ国が国際司法裁判所の勧告意見のフォローアップとして、「核兵器のない世界の構築および維持のために求められる法的、技術的及び政治的要素」と題する作業文書を提出し、核兵器禁止条約の速やかな設置を求めました。さらに、2007年の「2010年NPT運用検討会議 第1回準備委員会」に、コスタリカはマレーシアと共同でモデル条約の改訂版を提出しています。
NGOの分野でも、IALANA(国際反核法律家協会)、IPPNW(核戦争防止国際医師会議)、INESAP(拡散に反対する技術者と科学者の国際ネットワーク)が中心となって、核兵器の開発、実験、生産、貯蔵、移譲、使用および使用の威嚇の禁止、ならびに全廃といった様々な面にわたる総合的なモデル条約を作成し、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)が現在その普及に努力しています。
したがって、核兵器禁止条約について具体的な議論ができる土台である包括的な「モデル条約」はすでに存在しているのですから、これらのモデル条約に基づいて一日も早く実定法を設定し、全ての核保有国のみならず、非保有国も、これに署名し批准することを私たちは各国政府に強く要求します。
(2)「ジュネーブ条約追加議定書」に「大量破壊兵器使用禁止」の項目を追加する提案
「モデル核兵器条約」の実定法化に向けて具体的に世界各国がただちに動き出すことを私たちは強く望みますが、その内容が多義にわたることから、実現には少なくとも数年はかかることが予測されます。したがって、それに先だって、核兵器を含む「大量破壊兵器」の使用禁止だけは速やかに国際法として実定法化するために、1978年に効力発生した「1949年8月12日のジュネーブ諸条約に追加される国際的武力紛争の犠牲者の保護に関する議定書」、いわゆる「1977年ジュネーブ条約追加議定書」(以下「追加議定書」と略)を利用することを、私たちは提案します。
「追加議定書」の第4部、とりわけ51条〜55条(添付の関連条約からの抜粋を参照)は、市民への無差別攻撃、市民の生存生活手段ならびに環境の破壊を明確に禁止しています。実は、赤十字国際委員会が、すでに1957年に、「戦時市民に起きる危険を制限するための規則案」を作成しており、この規則案の中では、「焼夷弾、化学・生物兵器、放射能兵器」などを広域にわたって使用して市民を危険にさらすことを禁止する条項が含まれていました。また「追加議定書」草案作成の段階でも、化学・生物兵器、核兵器を含む全ての大量破壊兵器の使用を禁止する条項を「追加議定書」に含めるようにという提案が、数度にわたって数カ国から行われました。しかし、主として核保有諸国による反対のために、大量破壊兵器使用禁止が国際条約として明文化されることはありませんでした。
そこで、「追加議定書」の第4部に、「いかなる状況においても、核兵器・ウラン兵器などの放射能兵器、化学・生物兵器、焼夷弾など、市民を危険にさらし環境を破壊する可能性のある全ての大量破壊兵器・無差別殺傷兵器の使用を禁止する」という内容の一条項を追加することを私たちは提案します。この「追加議定書」の利用は、複雑な条案の作成と議論に多くの時間を費やす必要がなく、各国にその実現に向けての政治的意欲と行動を促しさえすれば、すみやかに実現できるという有利な点があります。「追加議定書」作成に大きな貢献をした赤十字国際委員会ならびに国連がイニシアティブをとり、世界各国にこの提案を呼びかけ、一日も早く「核兵器禁止」の国際法化を実現することを強く要望します。核兵器使用禁止条項の「追加議定書」への追加は、核兵器廃絶に向けての大きな一歩になることは間違いありません。
(3)「北東アジア平和共同体」構築の提案
北東アジアが非核地帯となることが、核の全面的廃絶に向けての重要な一段階として必要であると私たちは考えます。とくに北朝鮮が核兵器の開発をただちに停止し、中国も自国が保有する核兵器を廃絶する政策を打ち出し且つ実施して行くことを私たちは要望します。しかし、そのためには、同時に、日本政府が「核の傘」と米軍基地に依存する政策をただちに止めることが必要不可欠です。新しく政権についた民主党の政策の一つは、「対等の日米関係」に基づく外交関係の構築のはずでした。しかしながら、核抑止政策においても米軍基地移転問題においても、民主党は「対等の関係」どころか、自民党前政権とほとんど変わらない「米国追従政策」を取り続けています。
北東アジアに非核地帯を構築するためには、まずはこの地域を、北朝鮮に戦争をしなければならないような状況でないことを確信させるような、安定した平和な政治環境にすることが必要です。したがって、「東北アジア不戦共同体」あるいは「北東アジア平和共同体」を建設することが、その必要条件とされなければなりません。北朝鮮の戦争への恐怖を和らげるためには、軍事的に圧倒的な優位に立ち、日本、とくに沖縄と岩国に強大な軍事力を置くアメリカ政府と日本政府が、核抑止政策をただちに廃止し基地を日本から撤退させることで、緊張緩和のイニシアティブをとることが不可欠であると私たちは考えます。
そのような要望を関係各国政府に伝え、「北東アジア平和共同体」の実現のために私たちは何をすべきかを議論するために、「北朝鮮問題6者協議」に変わる、6カ国の様々な草の根の市民運動組織が集まる会議を広島で開催することを提案します。
(4)「EU(欧州共同体)非核地帯」構築の要望
英国は160発、フランスは300発の核弾頭を現在保有しています。しかし、冷戦が終わって長年たっている現在、英仏両国の核兵器がロシア(旧ソ連)に対する「戦争抑止力」として機能しているとはとうてい考えられず、ヨーロッパに核兵器を置く戦略的必要性は全くありません。しかも、英国では、老朽化した潜水艦積載用核ミサイルの更新のために巨額の国費を使うことの正当性に国民の大多数が疑問を持ち、核廃棄を望んでいます。ドイツもまた、自国からの米軍の核兵器の撤廃を求めて大きく動き出しました。ベルギー議会でも、昨年、米軍の核兵器撤去を求める法案が提出されました。
したがって、英国ならびにフランス政府が、なんら戦略的意味を持たない核兵器を廃絶する決断を勇気を持って行えば、欧州共同体を「非核地帯」とすることが容易にできます。「EU非核地帯」の構築は、米国・ロシアをはじめその他の核保有国に大きな道義的影響を与えずにはおかないと私たちは考えます。それは核の全面的廃絶に向けての大きな前進となるはずです。それゆえ、私たちは英仏両政府に速やかに自国の核廃絶を行うことを強く要望すると同時に、CND(「核軍縮キャンペーン」)をはじめとするヨーロッパの反核平和諸団体の核廃絶の要求運動を強く支援します。
(5)「原子力利用政策」廃止の要求
核兵器廃絶は、いわゆる「原子力平和利用」がある限り不可能であると私たちは考えます。人為的二酸化炭素による地球温暖化に対処する方法として原子力の利用を主張する人たちがいますが、原子力発電所の建設と稼働、原発からでる多量の汚染物質の処理と長期にわたる維持管理、実益に結びつかない核燃料サイクルなどに要する多大なエネルギーと人体ならびに環境に与える放射能汚染の高い危険性を考慮するならば、その経済的効率性にあまりにも疑問が多くあることは明らかです。したがって、核兵器製造に直結し、放射性廃棄物が劣化ウラン兵器として利用される原子力のエネルギー利用は早急に停止し、原子力産業に投資している多額の予算を、環境を破壊しない代替エネルギーの開発に振り向けることを私たちは要求します。私たちが安心して暮らしていける社会環境を作り、全生態系が調和を保って存続していけるような自然環境を維持し守ることは、平和運動の重要な一部であると私たちは信じます。
(6)「テロとの闘い」よりは「構造的暴力の解消」をという提言
テロ・グループが核兵器を入手し使う恐れがあるという意見を私たちはたびたび耳にしますし、アメリカ大統領オバマ氏もそのことを繰り返し主張しています。そしてブッシュ前大統領が始めた「テロとの闘い」をオバマ氏も基本的にはそのまま継続し、アフガニスタンやパキスタンをはじめ様々な地域で、そのための軍事作戦を展開しています。ところが、この「テロとの戦争」で最も多くの犠牲者を出しているのは、いわゆるテロ・グループではなくて、一般市民です。多くの一般市民が対テロ空爆のために殺傷され、その結果、家族や親族を失った人たちを難民化させるという悲惨な状況をいまも作り出しています。原子爆弾による極度の無差別爆撃を受けた広島の市民として、私たちはとりわけ、一般市民に対する米国やイスラエルの無差別空爆には強く非難の声を上げざるをえません。
テロ暴力の真の原因は、貧困や差別などのいわゆる「構造的暴力」であることは明らかです。一般市民の犠牲を多くともなう「テロとの闘い」は、市民をますます貧困化させ窮地に追いやり、彼らにとって希望のない社会状況をさらに悪化させることによって、テロ暴力を引き起こす原因をさらに増加させています。それゆえ、テロ・グループの核兵器入手を防ぐ方法は、「テロとの闘い」などではなく、「構造的暴力」を引き起こしている原因そのもの、すなわち貧困や差別を取り除くことです。したがって、現在、軍事費に巨額の予算を使っているアメリカをはじめその他の核保有国、ならびにいわゆる先進諸国に、自国の軍事費の多くを世界各地で貧困に喘いでいる人たちの救済のために振り向けるよう強く要望します。一見遠回りに見えるこうした平和で安定した社会の建設こそ、最も効果的なテロ対処法であると私たちは信じます。
以上、6点にわたる要望と提案は、核兵器の廃絶にとってどれも重要であり、最初に述べたように、そのための議論と行動の中心にしっかりと「人間性」をおけば、どれも必ず達成可能であると私たちは確信します。NPT再検討の年に当たり、私たちは核廃絶の決意を新たにし、これまで続けてきた被爆地からの努力をさらに強めていくつもりですし、世界各地で行動しているあらゆる反核平和運動組織と連帯の輪を広げていきたいと希望しています。
「核廃絶をめざすヒロシマの会」
HANWA(Hiroshima Alliance for Nuclear Weapons Abolition)
ホームページ:https://www.e-hanwa.org/
添付資料:
ジュネーブ条約追加議定書からの抜粋
第35条(基本原則)
1. いかなる武力紛争においても、紛争当事国が戦闘の方法及び手段を選ぶ権利は、無制限ではない。
2. 過度の傷害又は無用の苦痛を与える兵器、投射物及び物質並びに戦闘の方法を用いることは、禁止する。
3. 自然環境に対して広範な、長期的なかつ深刻な損害を与えることを目的とする又は与えることが予想される戦闘の方法及び手段を用いることは、禁止する。
第51条(文民たる住民の保護)
1. 文民たる住民及びここの文民は、軍事行動から生じる危険に対して一般的保護を享有する。この保護を実効的なものとするため他の適用可能な国際法の規則に追加される次の規則は、いかなる状況の下においても、遵守するものとする。
2. 文民たる住民全体及び個々の文民は、攻撃の対象としてはならない。文民たる住民の間に恐怖を広めることをその主たる目的とする暴力行為又は暴力による威嚇は、禁止する。
3. 文民は、敵対行為に直接参加していない限り、かつ、その期間はこの節に規定する保護を享有する。
4. 無差別攻撃は、禁止する。無差別攻撃とは、次の攻撃であって、それぞれの場合に、軍事目標及び文民又は民用物に区別なしに攻撃を与える性質を有するものをいう。
(a) 特定の軍事目標を対象としない攻撃
(b) 特定の軍事目標のみを対象とすることのできない戦闘の方法及び手段を用いる攻撃
(c) この議定書に規定する限度を超える影響を及ぼす戦闘の方法及び手段を用いる攻撃
5. とくに次の攻撃は、無差別とみなす。
(a) 都市、町村その他の文民若しくは民用物の集中している地域に所在する多数の明白に分離した別個の軍事目標を単一の軍事目標として取り扱うような方法及び手段を用いた砲爆撃による攻撃
(b) 予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において、過度に、巻き添えによる文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷又はこれらの複合した事態を引き起こすことが予測される攻撃
第54条(文民たる住民の生存に不可欠なものの保護)
1. 戦闘の方法として文民を餓死させることは、禁止する。
2. 文民たる住民又は敵対する紛争当事国に対し、食糧、食糧生産のための農業地域、作物、家畜、飲料水の施設及び供給設備並びに灌漑設備のような文民たる住民の生存に不可欠なものを、生命の維持手段としての価値を否定するという特別の目的のために攻撃し、破壊し、移動させ又は役に立たなくすることは、文民を餓死させるためであるか、文民を退去させるためであるか、その他の動機によるものであるかを問わず、禁止する。
第55条(自然環境の保護)
1. 戦闘においては、広範な、長期的なかつ深刻な損害から自然環境を保護するため、注意を払う。保護には、自然環境に対してそのような損害を与え、住民の健康もしくは生存を害することを目的とする又は害することが予想される戦闘の方法又は手段の使用の禁止を含む。